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2025年9月19日

相続

【高齢世代の暮らしと不動産】不動産のみでは完結しない現実と、地域社会のこれから

 【高齢世代の暮らしと不動産】不動産のみでは完結しない現実と、地域社会のこれから

高齢世代の暮らしと不動産

―不動産のみでは完結しない現実と、地域社会のこれから―

高齢化が進む地方社会では、近年、不動産をめぐる相談内容が大きく変化しています。
かつては「土地を売りたい」「家を貸したい」といった明確な目的を伴う案件が中心でしたが、現在は、生活や介護、家族関係、医療、交通手段など、日常の暮らし全体を含む複合的な相談へと移行しています。

その背景には、人口減少と家族構成の変化、交通手段の制限、相続制度の複雑化などがあり、不動産が“生活と切り離せない資産”として、より多面的な課題を抱えるようになったことが挙げられます。

ここでは、実際に起きている三つの高齢世帯の事例を通じて、「不動産業者の関わり方」がどのように変化しているかを整理します。
いずれも地域に実在する、現代の典型的な構図といえる事例です。

1.Yさん夫婦(80代) 家族内での整理と合意形成が進んだ事例

Yさん夫婦は80代で、現在は長年住み慣れた自宅で二人暮らしを続けています。夫の現役時代はサラリーマンとして全国各地を転勤し、それぞれの土地で生活の基盤を築いてきました。

そして、いくつもの赴任地を経たのち、何かの縁で現在の地に家を構え、そこに落ち着いてから約50年が経過しています。いわば、「転勤の終着点として偶然選んだ土地が、結果的に人生の拠点になった」という経緯です。

この地域には、当初知人も多くはありませんでしたが、ご夫婦は近隣との付き合いを丁寧に築き、今では日常的に声を掛け合える関係ができています。自宅は住宅街の一角にあり、周囲は世代交代も進みましたが、今も古くからの住民が多く、地域のつながりが保たれています。

日常生活はおおむね自立しており、徒歩圏に商業施設や病院が揃うため、高齢になった現在も生活の利便性は確保されています。庭の手入れや家庭菜園を続け、地域行事にも顔を出すなど、穏やかな生活を維持しています。ただし、10数年前から車の運転を控えるようになり、遠出の際には家族の送迎を頼むことが増えてきました。

長男は車で5分ほどの距離に居住しており、日常的に連絡を取り合える距離感にあります。仕事も地元で続けているため、両親の生活を支えながら、家族全体の調整役を担っています。一方で、長女と次女はそれぞれ100〜150キロほど離れた地域に家庭を持ち、いわゆる「実家」に暮らしていた期間が短く、地域への帰属意識は比較的薄いとみられます。

このように、家族の生活圏が明確に分かれている場合、「将来、誰が中心となって実家を管理し、意思決定を行うか」という点が重要になります。Y家では、長男が地元で暮らしていることから、自然な流れとして長男が中心的役割を担い、両親の生活支援や不動産管理に関する調整を行う形が確立されました。

話し合いは数回に分けて行われ、最初は「まだ元気だから、今決めなくてもいいのでは」という反応もありましたが、家の老朽化や将来的な税負担の話題をきっかけに、次第に現実的な議論へと進んでいきました。

主な議題は以下の三点に整理されています。

  1. 居住者がいなくなった後の自宅の扱い

     売却・賃貸・解体といった選択肢を比較検討し、 判断の最終権限を長男に委ねる形で合意しています。

  2. 墓の維持管理と引き継ぎ方

     夫婦それぞれの実家の墓が別の地域にあるため、 将来的にどちらに納骨するか、寺院との関係をどう維持するかを確認。

  3. 医療・介護の対応方針

     自宅での生活が難しくなった際の住み替えや施設利用の時期、 介護保険の申請や地域包括支援センターとの連絡体制を整備。

これらの内容は家族全員で確認し、文書としてまとめられ、自宅の重要書類とともに保管されています。「判断するのは誰か」「どの段階で何を行うか」を明文化したことで、家族全員が方向性を共有できるようになりました。

その結果、家族間の認識が揃い、これまで避けがちだった「老後」「相続」「墓」といった話題も、日常的な会話として自然に扱えるようになりました。遠方に住む長女・次女も、ビデオ通話などを通じて情報を共有し、心理的な距離が縮まったことも副次的な効果といえます。

実務面では、家屋の老朽化に伴う修繕計画や解体費用の試算、火災・地震保険の見直し、土地登記簿の名義確認などを整理。司法書士や税理士の助言を受けながら、実際の費用負担や手続きを可視化しました。これにより、相続時のトラブルや判断の遅れを防ぐ体制が整っています。

現場で感じるのは、「制度や手続き」よりも「家族が冷静に話す場」を確保することの難しさです。専門家の意見を交えながらも、家族が自分たちの言葉で方針を決めていくことが、最も現実的で持続性のある方法だと感じます。

Y家は特別な家庭ではなく、地方で一般的に見られる世帯構成と資産規模を持つ家庭です。それでも、早期に合意形成を進め、文書として整理したことにより、家族全員が安心して今を暮らせる環境が整いました。「何かの縁で落ち着いた土地で、これからも穏やかに暮らす」ために、現実的な準備を終えた事例として位置づけられます。

 

2.Tさん夫婦(80代) 子どものいない世帯における生活・資産・手続の同時進行

Tさん夫婦は子どもがいないため、将来的な相続や介護の担い手をどのように定めるかが、早い段階からの検討課題となっています。夫の実家は遠方にあり、地域内に夫側の親族はいません。一方で、妻の親類が近隣に暮らしており、日常の連絡や生活支援については、連絡が取りやすい体制が徐々に整ってきました。高齢化に伴い運転を控える機会が増え、病院送迎、買い物、行政手続き、金融機関対応などを他者に依頼する場面が目立つようになり、暮らしの設計と資産の設計を並行して進める必要が生じています。

当初、介護や施設入居に関する話題は先送りされがちでしたが、近年は地域包括支援センター、行政窓口、介護事業者、不動産関係者が連携し、段階的な見直しが進行しています。具体的には、主治医・薬局・地域包括・ケアマネ候補者の連絡ルートを整理し、緊急時の連絡表(家族・親類・近隣・担当窓口)を作成。これにより、体調変化や生活動線の詰まりが発生した際の初動手順が可視化されました。あわせて、電気・水道・ガス・通信・新聞など固定費の一覧化、口座引落の棚卸し、印鑑・通帳・保険証・診察券の保管場所の明確化、キャッシュカードやオンラインバンキングの利用状況確認など、「日常決済の見える化」も進めています。

住まい方に関しては、在宅継続と住み替えの双方を想定して検討が進行中です。段差解消や手すり設置、浴室・トイレ動線の点検、夜間照度の確保など、住宅改修の要否を確認しつつ、通院距離・買い物距離・公共交通アクセスといった生活条件の妥当性を評価。並行して、サービス付き高齢者向け住宅や介護付き施設等の候補をいくつか挙げ、見学の予定表と費用表(入居一時金・月額費用・オプション・退去時費用の考え方)を作り、意思決定の比較軸を整えています。住環境の変更は生活基盤の変更を伴うため、実地見学後の感想メモと条件整理をセットで記録しておく運用に切り替えました。

不動産については、自宅の将来の空き家化リスクを踏まえ、「生前売却」「借地契約」「管理委託」「相続後の処分」の複数案を同時に検討しています。建物は築年数・劣化状況・修繕履歴・保険付保状況を点検し、外周・屋根・設備の維持費を概算。土地は都市計画・用途地域・建ぺい率・容積率・接道・越境・地積測量・境界標の有無など、基本的な法務・測量項目をリスト化して、意思決定前に把握すべき「抜け」を減らしています。近隣関係や自治会加入状況、清掃・草刈り頻度、郵便物転送、通水・換気・通電の最低限の管理ルーチンも、空き家移行時の暫定対応として手順化しました。放置期間が長くなると管理コストと劣化速度が上がるため、「簡易管理(短期)→方針確定(中期)→実行(売却・賃貸・解体等)(長期)」という三段のスケジュールを設定し、月次・四半期の見直し時点を予めカレンダーに組み込んでいます。

子どもがいない世帯では、法的枠組みの整備が生活安定に直結します。遺言書(公正証書の検討)、死後事務委任契約(葬送・納骨・解約・精算の委任範囲)、任意後見契約(判断力低下時の生活・療養監護・財産管理)、見守り契約や家族信託(不動産・預貯金の管理・承継設計)など、必要に応じて専門家との面談を配置。実務面では、代理権の範囲や報酬、帳票の保管・引継ぎ方法、証跡(領収書・明細・議事メモ)の残し方まで粒度を落として合意し、後日の検証可能性を確保しています。これらは「誰が、何を、どの書面を根拠に、どの手順でおこなうか」を明示する作業であり、意思能力が十分な段階で進めることに意味があります。

生活面の支援ネットワークは、妻側親類・近隣・地域包括・医療機関・介護事業者に、不動産・法務・税務の実務ネットワークを重ねる構造です。支援が属人的に集中しないよう、窓口を一名固定するのではなく、一次連絡・代替連絡・緊急連絡の三層に分け、連絡表に役割を明記。情報共有は、紙ファイルとデジタルの双方で管理し、バージョン・日付・作成者を記載。外部共有が必要な資料には閲覧権限と保存場所を一定にし、過去版との混在を防止する運用に切り替えました。

不動産業者に求められる役割は、単なる仲介・管理の枠を超えています。現状把握(物件・生活・費用・関係先)、選択肢の提示(売却・賃貸・管理・借地・解体・信託組成等)、意思決定の段取り設計(期限・担当・根拠資料)、実行フェーズの伴走(測量・解体見積・入札・契約・引渡し・原状回復・ライフライン精算)、そして記録化(議事メモ・決裁根拠・引継用サマリー)が、連続する一連の業務として立ち上がります。行政手続き・税務・介護・売却・解体といった分野横断の調整役=ハブとしての機能が必要であり、今後は「情報整理と段取りの設計力」が地域事業者の基礎能力として一層重視されると見込まれます。

判断を先送りにしないために、T家では「段階的合意→小さな実行」を積み重ねる方式を採用しています。まずは生活情報の棚卸しと連絡網の整備(第1段階)、つぎに不動産・法務の選択肢と粗い費用感の比較(第2段階)、最後に優先順位の高い一手(例:測量や管理委託契約の締結)を先行実施(第3段階)。この繰り返しにより、全体方針を固めながらも、日常運用の不便や不安を同時に減らしていく進め方です。大きな決断を一度で下すのではなく、検証可能な単位で前進させることで、合意形成の負担を軽減しています。

関与の形は限定的ですが、生活課題と不動産課題が同時並行で進む状況では、手順と記録の明確化がもっとも効果的であることを実地で確認しています。結果として、T家では「誰に何を頼めばよいか」が共有され、緊急時・通常時ともに行動の順番が揃ってきました。

総じて、Tさん夫婦のケースは、子どもがいない世帯に特有の課題(担い手の不在、情報の分散、意思決定の遅延)に対し、生活・法務・不動産の三領域を同時進行で整理する実務の流れを示しています。連絡ルートの明確化、費用の見える化、法的枠組みの事前整備、物件の選択肢の多面検討、記録と引継の仕組み化――これらを小さな単位で前に進めることが、結果として将来の不確実性を縮小させる現実的な方法になります。

 

3.Mさん(80代) 一人暮らし世帯における生活管理と遠隔課題

Mさんは夫に先立たれ、現在は一人暮らしを続けています。結婚後は夫の勤務に合わせて数度の転居を経験しましたが、現在の自宅には長く暮らしており、近隣にも顔なじみが多くなっています。庭の手入れや小規模な畑仕事を続け、生活のリズムを維持していますが、加齢に伴って日常の事務作業や移動の負担が少しずつ増えてきました。

親族が車で20分ほどの距離に住んでおり、定期的に訪問や連絡を取っています。買い物や病院の送迎のほか、役所への届け出、金融機関での手続き、保険や通信契約の更新なども相談を受けながら進める体制ができています。通帳や携帯電話の契約内容、公共料金の支払い状況など、生活の基本的な管理も親族の助言を得て整理が進んでいます。

夫の墓は100キロ以上離れた地域にあります。法要や管理に関するやり取りは電話や郵送が中心で、寺院との関係、交通手段、費用負担など、距離に起因する現実的な課題が複数重なります。加齢により遠距離の移動が難しくなることを想定し、墓の維持を継続するか、移転や合同供養に切り替えるかを慎重に検討しています。寺院への寄付・年間管理費・法要のスケジュールを記録化し、誰が何を代行できるのかを明確にする準備も始まっています。

一人暮らしの高齢者世帯では、「生活支援」と「財産管理」が表裏一体の関係にあります。食料や日用品の補充、ゴミ出し、通院や薬の受け取りといった日常的な行為の延長線上に、銀行口座の管理、納税、公共料金の精算、固定資産税の納付などの財産管理が存在します。生活と手続きが分離していないため、日常的なサポートの中で自然と法務・会計的な領域にも踏み込む場面が生じます。

固定資産税や保険料の納付、住宅の修繕計画、電気・水道・ガスの契約更新、携帯電話の通信プランの確認など、すべてにおいて「期限」と「支払方法」の把握が求められます。これらの情報が分散したままだと、万一の際に対応が遅れ、未払い・延滞・契約停止といった二次的なトラブルが発生しかねません。そのため、Mさんと親族は、支払い先・金額・引落口座・担当窓口を一覧表として整理し、コピーを家庭用ファイルとUSBメモリの両方に保管する方式をとっています。

住宅の維持管理については、外壁・屋根・排水・給湯設備・電気系統などの経年劣化が進行しており、修繕の優先順位づけと予算計画を立てています。併せて、火災保険・地震保険の補償内容を再確認し、築年数に応じた補償範囲の変更や更新漏れを防止。保険証書や領収書の保管方法も統一しました。こうした作業は、生活の延長にありながらも、実質的には不動産の維持管理計画そのものです。

地域との関係では、自治会の回覧板や近隣住民の声かけが、さりげない見守りの機能を果たしています。ゴミ出しの曜日を守る、郵便受けを確認する、照明を夜間一定時間点灯させるといった行動が、周囲に「日常が維持されている」ことを伝える役割を果たします。行政の「見守り支援」や民間警備会社の「高齢者見守りサービス」なども併用し、月に数回の定期確認を設けています。こうした仕組みは、生活上の安心感だけでなく、不動産の安全管理にも直結します。

不動産業務の観点から見ると、このような単身世帯では「空き家の発生が時間の問題」となるケースが多いのが現実です。所有者が元気なうちに、物件の維持・管理・売却・賃貸・寄附などの方向を定め、意思を記録化しておくことが求められます。実際、Mさんの場合も、将来的に住まいをどう扱うかを想定し、空き家管理委託・賃貸化・売却・寄附などの選択肢を一覧化。建物の評価額、近隣の取引事例、管理費用、税務上の扱いなどを整理した「比較資料」を作成し、判断材料を可視化しています。

また、介護度が上がった場合の住み替えシミュレーションも行われています。自宅に住み続けた場合の年間維持費(光熱・税金・保険・修繕)と、施設入居時の居住費(家賃・食費・管理費)を比較し、差額を資産からどれだけ賄えるかを確認。銀行・年金・保険の収支予測を年単位で試算し、判断の根拠となる資料を整えました。こうした準備を通じて、将来的な方針が現実的に見えるようになっています。

書類の更新や管理台帳の整備、寺院との連絡、行政窓口への同行などを通じて、生活と不動産管理が切り離せないことを実感しています。とくに、支援を行う側にとっては、本人の意向を尊重しつつ、手続きを確実に進めるバランスを保つことが課題です。

Mさんの事例は、特別な事情ではなく、地方社会で広く見られる単身高齢者世帯の典型です。生活・財産・地域関係が重なり合い、どれか一つを整理しても他の要素が必ず関係してくる構造を示しています。個人単位の対応を超え、地域として支援と管理の仕組みを構築していく必要があることを示す、実務的な事例といえます。

 

4.三事例に共通する構造的課題

Y家・T家・M家、三つの事例を通じて共通しているのは、不動産の課題が単体では成立せず、生活・医療・家族・地域と密接に絡み合っているという点です。どの家庭にも個別の事情があり、経済状況や健康状態、親族関係、地域とのつながり方は異なりますが、根底にある構造はきわめて似通っています。つまり、「暮らしが変われば不動産の性格も変わる」「判断が遅れれば生活基盤そのものが揺らぐ」という実態です。

これらは、特定の家庭だけに起きていることではなく、地方都市や中規模都市に共通する地域的傾向とも言えます。以下に、四つの観点からその特徴とリスクを整理します。

(1) 判断の遅れによるリスクと影響の連鎖

高齢化に伴い、意思決定のタイミングが後ろ倒しになる傾向が強まっています。「まだ元気だから」「そのうち考える」「子供がいずれ何とかしてくれる」という認識のまま年月が経過し、実際に身体機能や判断力が低下してから問題が顕在化する例が多く見られます。

判断の遅れは、まず物件の管理不全として現れます。庭木の手入れや屋根・外壁の補修、雨漏り、排水詰まり、シロアリ被害など、初期段階であれば少額で済むものが、時間が経つにつれて高額な修繕費に発展します。これに伴い、売却や賃貸の機会も減少し、最終的には「維持も処分もできない空き家」として放置されるケースが増加しています。

また、判断力の低下後には法的手続きが煩雑化します。本人の意思確認が困難になると、家族が代理で動くにも限界があり、成年後見制度や任意代理契約の整備が必要になります。しかし、これらの制度は準備に時間を要するため、結果的に「何も動かせない期間」が生まれ、資産価値の低下・安全リスク・税負担の継続という三重苦に陥ることがあります。

特に地方では、周囲が見て見ぬふりをしてしまうことも多く、「誰も困っていないうちは問題が表面化しない」構造になっています。早期の判断と整理を支援できる地域ネットワークを構築することが、今後の重要な課題です。

(2) 家族構成の変化と「実家意識」の希薄化

三事例すべてに共通するのが、家族の生活圏の分散です。子供世代が就職・結婚などを機に都市部へ移り住み、地元に戻る見込みがほとんどないという構図は、もはや珍しいものではありません。かつてのように「長男が家を継ぐ」「実家に戻る」といった慣習的なモデルは、現実的には成り立たなくなっています。

これにより、「実家」という概念そのものが変化しています。親世代にとっては思い出と生活の拠点である一方で、子世代にとっては「遠くの資産」「扱いの難しい不動産」となっており、感情的にも物理的にも距離が生まれています。相続発生時には、こうした認識の差が判断の遅れや意見対立につながることが多く、最終的に処分が長期化する要因になります。

さらに、子供世代が都市部で持ち家を取得している場合、実家を引き継ぐ選択肢は現実的ではありません。結果として、「使わないのに維持費だけが発生する家」を抱える構図が一般化しています。この状況下で求められるのは、「誰が使うか」ではなく「どのように終えるか」を前提とした資産計画です。

家族関係の希薄化を前提に、文書やデジタル記録を通じた意思共有、相続時の費用負担の明確化、処分方法の合意形成など、「話し合いを見える化」する仕組みづくりが重要になります。

(3) 地域連携の不足と支援構造の断絶

高齢世帯を支える仕組みは、行政・地域包括支援センター・民間事業者・近隣住民といった複数の層で構成されています。しかし現場では、それぞれの連携が十分に機能していないケースが多く見られます。

たとえば、介護や医療の支援ルートが確立していても、不動産や相続に関する相談先が分からない。逆に、不動産の売却相談があっても、生活支援や通院支援の窓口とつながっていない。この「分野ごとの断絶」が、課題の長期化を招いています。

地域包括支援センターや行政職員は、生活支援の観点から助言はできますが、契約や財産管理の具体的な対応には踏み込めません。一方で、不動産業者や司法書士などの専門家は、生活や医療の領域に直接関与することが難しい。この中間領域にこそ、支援の空白が生じています。

今後は、自治体・民間・地域団体が合同で「多分野連携窓口」や「支援カルテ」を設け、情報を共有することが求められます。誰が何を把握し、どの段階でどの専門家につなぐのか――これを可視化しなければ、空き家・孤立・介護難民といった課題は連鎖的に拡大していきます。

(4) 資産と生活の線引きの曖昧さと感情的要因

不動産は資産であると同時に、生活そのものの舞台でもあります。「売却」は単なる取引行為ではなく、「これまでの暮らしを一区切りにする」ことを意味します。所有者本人にとっては、金銭的判断だけでは整理できない感情の要素が強く働きます。

とくに長年暮らした家の場合、売却や解体の提案が「人生を否定されるように感じる」との心理的抵抗を生むこともあります。家は財産であると同時に、家族の記憶・努力・象徴でもあるからです。そのため、合理的な判断を支えるには、「感情に配慮しながら現実的な選択肢を提示する」調整力が欠かせません。

この点において、不動産業者や地域専門家の役割は、単なる説明や手続き代行ではなく、「判断のプロセスを支える伴走者」として機能することにあります。売る・貸す・維持する・寄附する――いずれの選択も、生活の延長線上で理解できる形に翻訳することが重要です。

また、資産と生活の線引きが曖昧なまま相続を迎えると、家族間で「経済」と「感情」が交錯し、意見が分かれやすくなります。その結果、結論が出ないまま数年が経過し、建物の劣化や固定資産税の負担が続くケースが少なくありません。

「不動産をどう扱うか」は、「人生をどう締めくくるか」というテーマと不可分です。したがって、単なる資産処分ではなく、「生活の再編」として捉える視点が不可欠です。

これら四つの要素――判断の遅れ、家族構成の変化、地域連携の不足、資産と生活の曖昧さ――は、どれも個別の問題に見えて、実際には一つの流れでつながっています。いずれか一つでも対応が遅れると、他の課題が連鎖的に悪化する構造を持っています。逆に、早期に情報整理・意思確認・専門家連携を進めておけば、後の選択肢は格段に広がります。

不動産の問題を「取引」ではなく「暮らしの計画」として捉えること。これが三事例から導かれる最も重要な教訓といえます。

 

5.不動産業者に求められる新たな役割と地域社会における実務的展開

これらの三事例(Y家・T家・M家)から浮かび上がる共通の課題を前提とすると、不動産業者に求められる役割は、もはや従来の「売買・賃貸の仲介」という枠を大きく超えています。住宅や土地の取引は、単なる経済行為ではなく、家族の生活・健康・地域のつながり・老後設計といった幅広い要素と密接に関係しています。そのため、不動産業者は「取引の窓口」から「生活再設計のサポート役」へと進化することが求められています。現場では、以下のような対応が実務的に重要視されつつあります。

(1) 情報整理の支援:所有者の“現在地”を見える化する

高齢の所有者にとって、自分の資産や契約状況を正確に把握している人は多くありません。不動産の登記名義、銀行口座、保険契約、公共料金、相続予定者の把握など、情報が頭の中にしかないケースも少なくないのが現実です。

不動産業者は、まず「情報整理の伴走者」として関与することができます。所有者の年齢、家族構成、資産内容、希望、健康状態などを把握し、書面や一覧表にまとめる支援です。エンディングノートや資産一覧表の作成補助、または法務・税務の専門家と連携した「資産カルテ」の作成支援も効果的です。

これにより、所有者自身が「何を持っているのか」「どこに何があるのか」「誰が管理できるのか」を明確に認識でき、将来の意思決定が格段にスムーズになります。また、相続発生時にも家族が情報を探す手間が減り、結果的にトラブル防止につながります。

(2) 空き家化の予防:早期判断を促す段取り設計

不動産が空き家になるのは、たいていの場合「誰も使わないから」ではなく、「誰も決めないから」です。判断の遅れが放置を生み、放置が劣化を招き、結果的に資産価値が大きく下がるという悪循環が続いています。

不動産業者には、所有者や家族に対して「空き家化を防ぐシナリオ」を早い段階で提示することが求められます。具体的には、賃貸・管理・解体・売却・借地化・信託など複数の方向性を比較検討し、それぞれの費用・期間・リスクを整理して提示することです。「今すぐ決めなくてもよいが、いつまでに方向を決めるか」という“時間軸の設定”が非常に重要になります。

たとえば、管理委託契約や見守り契約の締結、草刈りや簡易点検の実施といった小さなステップを踏むだけでも、空き家化リスクは大幅に減らせます。これを所有者に理解してもらうためには、資料・スケジュール・費用表を使った具体的説明が不可欠です。

(3) 他業種との連携:地域型プラットフォームの構築

高齢世帯や単身者の不動産課題は、1社で完結するものではありません。司法書士・税理士・社会福祉士・介護支援専門員・行政担当・建築業者・解体業者など、関係する分野は多岐にわたります。

不動産業者は、それらの専門家をつなぐ「中継点」として機能することが期待されます。例えば、登記や相続に関しては司法書士へ、税金や贈与については税理士へ、介護や福祉に関しては地域包括支援センターへと、適切に橋渡しする役割です。

さらに、各分野の情報を一箇所で共有するための「地域プラットフォーム」づくりも今後の課題です。所有者が不安なく次の段階に進めるよう、複数の専門家が連携して伴走できる体制を整えることが、地域における不動産業者の新たな使命となっています。

(4) 記録と証跡の重視:合意を“残す”という仕事

家族間の合意や所有者の意向は、口頭で確認しても時間の経過とともに曖昧になります。「言った・言わない」から生じるトラブルは、相続や売却の現場で日常的に発生しています。

そのため、不動産業者は「合意事項を文書化し、保存する」役割を担うことが重要です。面談記録、打合せメモ、署名付き確認書、デジタル記録など、どの形式でも構いませんが、

“誰が、いつ、何を確認したか”が残る形を意識することが大切です。

これらの記録は、後日、登記・売却・遺産分割・贈与などの手続きで根拠資料として活用できます。また、次世代や関係機関に引き継ぐ際の「情報の一貫性」を確保する効果もあります。

(5) 地域に根ざした中立的立場:調整者としての信頼形成

不動産業者は、家族の代理人でも、行政の代弁者でもありません。重要なのは、どの立場にも偏らず「客観的調整者」として機能することです。

家族が迷い、意見が分かれる場面では、「どちらが正しいか」ではなく、「どの選択肢にどのリスクがあるか」を明確にする。所有者の意向を尊重しつつ、現実的な判断を促す「冷静な第三者」の存在が求められています。

地域社会の中で信頼を得るには、取引件数や実績よりも、「最後まで伴走してくれた」「きちんと説明してくれた」という評価の積み重ねが重要です。つまり、営業よりも“調整力”が求められる時代になっています。

(6) 「取引業」から「地域生活インフラ」への転換

かつて不動産業者は、物件を売る・貸すことが主な仕事でした。しかし、少子高齢化・人口減少・相続増加が進む今、地域における役割は大きく変わりつつあります。

いまや不動産業は、「地域の暮らしを維持するための社会的機能」の一部です。空き家の予防、生活支援の情報提供、住み替えや老後設計の相談、行政との連携――これらを通じて、地域の循環構造を守る立場になっています。

そのため、業者自身も「取引の専門家」から「生活マネジメントの専門家」へと意識を変える必要があります。地域に寄り添い、家族や所有者が安心して暮らしの終盤を迎えられるよう支えること。それこそが、今後の不動産業者に求められる最も現実的かつ社会的な使命です。


このように、不動産業者の役割は、単なる商取引の枠を超えて「地域生活のインフラ」の一部へと変化しています。
物件を扱うというよりも、「人の暮らしと土地の未来を扱う」職業としての価値が問われる時代が、すでに始まっています。

 

6.加速する高齢化と空き家時代における地域連携の方向性

高齢化が急速に進むなかで、今後10年以内にさらに多くの住宅が空き家となる見通しが立っています。総務省の推計によれば、2030年代には全国の空き家率が30%に達する可能性があるとされており、すでに全国の住宅の約7戸に1戸は利用されていないという現実があります。これは、単なる「住宅の余剰」ではなく、社会構造そのものの変化を象徴する現象です。人口減少、都市集中、労働力移動、そして家族のあり方の変化が、すべての地域で同時進行的に進んでいます。

特に地方都市や中山間地域では、所有者の高齢化と子世代の都市流出が同時に進行しており、実家が「使われないまま残される家」となるケースが増えています。親世代が高齢になってもその土地を離れずに暮らし、子世代は都市圏で生活基盤を築くという構図は、すでに一般化しています。その結果、地域内に空き家や空き地が点在し、草木の繁茂、雨漏り、倒壊リスクといった問題が発生。これらは個人の問題にとどまらず、近隣住民の安全や景観、地域全体の生活環境を左右する公共的課題となっています。

こうした現状を踏まえ、不動産業者、自治体、金融機関、医療機関、福祉事業者が連携し、所有者の「生活」と「資産」を一体的に支える仕組みを構築することが不可欠です。たとえば、行政が空き家対策制度や補助金を整備し、金融機関がリバースモーゲージなどの資金手段を提供し、医療機関や福祉事業者が生活支援を担い、不動産業者が現場での判断、調整、情報提供を行う。このように複数の主体が協働する「地域連携モデル」こそ、今後の実務の中心となっていくと考えられます。

これは単に高齢者個人の生活支援の問題ではなく、地域全体の存続に関わる社会的課題です。空き家が増えれば、防犯、防災リスクが高まり、地域の美観が損なわれ、土地の評価額が下落します。税収の減少は行政サービスの低下につながり、やがて地域経済の縮小を招きます。一方で、早期の支援と調整によって空き家を再利用、再生できれば、地域に雇用と経済循環が生まれます。土地や建物を「使える状態」に戻すことは、地域経済を維持するうえでの基盤整備そのものです。

また、地方では「不動産の価値」よりも「人の暮らし」が先に変化していくため、資産の有効活用や売却の判断には、生活、介護、医療の実情を踏まえた提案が欠かせません。この意味で、不動産業者が担うべき役割は“資産の流動化”ではなく、“暮らしの持続可能性”の支援です。どこで暮らすか、いつ手放すか、どのように承継するか――こうした選択肢を、所有者や家族が安心して検討できるように整理、助言することこそ、不動産業の新しい使命といえます。

地域密着型の事業者が、こうした日常的な相談の「最初の窓口」として機能することが極めて重要です。住民は、行政や金融機関には相談しにくくても、地域の不動産会社には気軽に話を持ちかける傾向があります。その相談が、単なる物件取引ではなく、「暮らし全体の見直し」へと発展する契機となる可能性があります。現場の声を拾い、課題を整理し、必要に応じて専門家や行政につなぐ。こうした“地域のハブ機能”こそ、これからの不動産業者に求められる実践的役割です。

不動産は、単なる所有物や経済資源ではなく、地域社会の「生活基盤」そのものです。土地や建物が適切に維持、利用されていることが、地域の安全、活気、景観、税収を支える柱となります。したがって、不動産業者はもはや「物件を動かす事業者」ではなく、「地域インフラを支える現場の軸」として機能すべき時代に入りました。空き家問題とは、裏を返せば「地域の持続可能性をどう守るか」という社会全体の問いです。

これからの10年、不動産業は取引中心から地域支援型へと転換する過渡期を迎えます。その中心に立つのは、地域を知り、住民と顔を合わせ、暮らしの変化を肌で感じ取っている現場の人間、すなわち地域密着の不動産業者です。一軒の家を守ることが、地域を守ることにつながる。この認識を共有し、実践できるかどうかが、次の時代の大きな分岐点になるといえます。

 

7.まとめ ―暮らしの終盤に寄り添う実務としての不動産―

本稿で取り上げた三つの事例は、いずれも私の身の回りで実際に起きている出来事をもとにしています。いずれも私自身が親類として、また地域の不動産業者として一定のかたちで関わり、生活支援や資産整理の過程を見届けてきたものです。関与の程度はそれぞれ異なりますが、現場で感じた空気や家族のやり取りを通して見えた課題を、客観的に整理しました。特定の個人を示すものではなく、現在多くの家庭で共通して見られる事例としてまとめています。

これらはあくまでも一例ですが、実際の現場では、一般のお客様からの相談の中にも同様の内容が数多く含まれています。相続や老後の住まい方、空き家化への不安、家族間の話し合いの進め方など、形こそ異なれど本質的には似た構造の課題が日常的に寄せられています。つまり、この三事例は個別の出来事であると同時に、地域社会全体が直面している共通のテーマを象徴しているといえます。

個人を特定するものではありませんが、これらの事例は今の日本社会で数多くの家庭が抱えている現実と重なっています。いわば「ごく普通の家庭が、ある日突然直面することになる課題」を象徴しているといえます。

湯 田 圭 一(ゆだ・けいいち)
(有)ユーハイム 代表取締役。1972年、東京都西東京市生まれ。
宅地建物取引士として約25年にわたり不動産業に従事。
茨城県宅地建物取引業協会 水戸支部 幹事として、地域不動産業界の発展にも注力。
空き家対策、相続不動産、事業用地のマッチングなど、実務に即した現場提案に定評がある。

 

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