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2025年10月8日
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【地域資産を未来へつなぐ】不動産業者が見た事業承継と地域活性化

伝統を未来へ託す新しい事業承継のかたち
創業150年を超える老舗旅館の玄関。歴史を感じる外観は、地域に愛され続けてきた証でもあり、単なる不動産以上の価値を湛えています。茨城県常陸大宮市にある「梅屋旅館」は、明治元年創業という長い歴史を持つ老舗旅館です。現在この旅館では、事業を畳むのではなく“次の経営者”を公募し、事業承継という新たな一歩を踏み出しています。老舗の暖簾(のれん)を次世代に託そうというこの取り組みは、単なる物件売買ではない、地域ぐるみのバトンタッチとして注目されています。
梅屋旅館は、和の趣きを残した客室が13室あり、大浴場も二か所備えた本格的な宿泊施設です。建物自体は築年数を重ねていますが、その古き良き佇まいと、地域住民に長年愛されてきた存在感には、数字では表せない価値が宿っています。建物に染み付いた歴史の空気や、地元の人々との絆といった「土地と人に根ざした財産」は、新築物件では決して得られないものです。不動産業者の目から見ても、このような物件には単なる資産価値以上の魅力があると感じます。
さらに特筆すべきは、用途の柔軟性です。旅館業として営業を続けることはもちろん、建物の雰囲気を活かして「古民家カフェ」や「地域交流スペース」、クリエイター向けの合宿所など、別の業種への活用も視野に入れられる点が魅力です。実際、梅屋旅館の公募要項でも「宿泊業にこだわらず、新しい事業の拠点にしてほしい」と伝えられており、コワーキングスペースやショップなどへの転用も歓迎されています。この柔軟な発想次第で、歴史ある建物が地域と外部の人をつなぐ交流拠点にもなりうるのです。不動産の観点から見ても、こうした再活用の可能性がある物件は、地域活性化に大きく貢献できる貴重な資源と言えます。
また、地域の後押しが強い点も見逃せません。常陸大宮市では移住者向けの支援金や起業支援策が用意されており、「この土地で新しいチャレンジをしたい」「第二の人生を地方で形にしたい」という人々を応援しています。これは単なる物件の売買ではなく、市や支援機関、そして地元住民が一体となった地域ぐるみの事業承継の試みです。不動産業者である私たちも、単に売買契約を仲介するのではなく、こうした地域の動きに寄り添いながら物件活用の提案を行うことが求められていると感じます。
実際、私自身も地方で不動産業を営む中で、「いずれ自社の事業を誰かに託す日が来るのだろうか」と事業承継の課題を身近に感じるようになりました。周囲には、「子どもが家業を継がない」「従業員も高齢化している」という理由で事業継続に不安を抱える経営者仲間が少なくありません。中には、「このまま店を閉めるしかないのかもしれない」と肩を落とす方もいます。しかし梅屋旅館のように、「第三者に引き継いで事業を続ける」という選択肢が現実味を帯び始めた今、その可能性を前向きに捉える事例が増えているのです。
事業は終わらせることもできます。しかし、それを誰かが引き継げば、新しい物語がまた始まります。 地域に根ざした資産を未来へつなぐために、不動産業の立場からできることを模索したい——梅屋旅館の取り組みは、そんな希望を感じさせてくれる象徴的な事例と言えるでしょう。
茨城県の中小企業が直面する「後継者不在」の現実
まず押さえておきたいのは、後継者不在による廃業の深刻さです。茨城県で行われた中小企業経営者への調査では、「将来的に廃業予定」と回答した割合が32.5%に上り、これは全国ワーストという衝撃的な数字でした。全国平均を20ポイント近く上回るこの結果は、県内の3社に1社が「事業を畳むこと」を検討していることを意味しています。地域経済にとって見過ごせない危機感が漂う数字と言えるでしょう。
一体なぜ、これほどまでに“廃業”という選択肢が現実味を帯びているのでしょうか。その背景には、大きく2つの課題があります。1つ目は、経営者の高齢化です。県内の中小企業では、代表者の年齢が60代後半から70代に達しているケースも多く、「そろそろ次の世代へ…」という思いを抱きながらも、後継者が見つからないまま時間だけが過ぎている状況があります。健康面や体力の不安を抱えつつも、事業をたたむ決断ができずに悩んでいる方も少なくありません。
2つ目は、肝心の後継者不足です。特に親族内での事業承継が難しくなっている傾向が顕著です。かつては「長男が家業を継ぐのが当たり前」という時代もありましたが、今では子ども世代が首都圏など外の地域で就職・定住し、地元に戻る意思がないケースが増えています。そもそも家業そのものに関心を持っていないという子どもも多く、「親族に頼れない」状況が珍しくなくなりました。こうして親族内承継の前提が成り立たない企業が増えた結果、受け皿不在のまま事業の存続期限が迫っているのです。
このような状況下で増えているのが、「黒字廃業」と呼ばれる現象です。事業自体は順調で利益も出ており、地域のお客様にも愛されている——にもかかわらず、“後を継ぐ人がいない”という理由だけで店を閉めざるを得ないケースです。経営者本人にとっても、長年通ってくれたお客様にとっても、そして地域社会にとっても非常にもったいない損失です。
実際、日本政策金融公庫の調べによると、60歳以上の中小企業経営者の6割超が「将来的に廃業を予定している」と回答しており、そのうち約3割が「後継者難」を理由に挙げています。裏を返せば、「後継者さえ見つかれば事業を続けたい」と考えている経営者が相当数いるということです。私の身の回りでも、「子どもは継がないと言っている」「社員に引き継がせるには荷が重い」と悩む声をよく耳にします。私たち中小企業は社員数も限られ、規模としては小さいかもしれませんが、一軒一軒が地域の暮らしを支える存在です。商店街の八百屋さん、自動車整備工場、理美容室、小さな建設業者……。どれもがその街になくてはならない役割を果たしており、それが一つ消えるごとに、まちの活力もまた一つ失われてしまいます。
こうした事態を食い止めるために必要なのは、「事業承継は特別なケースではなく、誰にでも起こりうる自然な選択肢だ」という認識を広げることです。何も親族に限らず、信頼できる社員や外部の第三者に託す形も含めて、“会社を続ける道は多様に存在する”という事実を、経営者自身が受け入れていく必要があります。事業を畳むか継ぐかは、会社の命運だけでなく、地域コミュニティの未来にも関わる問題です。不動産業者として地域の物件や事業に携わる私たちも、そうした認識を共有し、経営者の方々に寄り添った提案をしていきたいと考えています。
「廃業ではなく承継」へ向けた追い風
暗い話題が目立つ事業承継の現場ですが、近年、茨城県内でも少しずつ明るい兆しが見え始めています。後継者不足に悩む会社が多い一方で、実は事業承継に前向きな動きも着実に広がっているのです。
帝国データバンクの動向調査によれば、茨城県内企業の「後継者不在率」は2024年時点で41.0%となり、7年連続で低下しました。この数値は2011年に調査を開始して以来、最も低い水準です。依然として約4割の企業で後継者が「決まっていない」状況にあるとはいえ、その割合が年々減少してきているという事実は、地域経済にとって大きな希望と言えます。
こうした変化の背景には、いくつかの前向きな取り組みが存在します。まず注目したいのは、自治体や地元金融機関による事業承継支援の強化です。茨城県内では、商工会議所や信用金庫、地方銀行などが「事業承継専任担当者」を配置し、無料の相談会や個別マッチングセミナーを積極的に開催するようになりました。「事業承継なんて自分にはまだ早い」と感じていた経営者も、こうした機会に触れて“そろそろ考えてみようか”と一歩踏み出すケースが増えているようです。
次に、官民連携の相談窓口の整備も大きな役割を果たしています。特に「茨城県事業承継・引継ぎ支援センター」は、中小企業庁の支援のもと各都道府県に設置されている公的相談機関で、県内の中小企業にとって心強い味方です。ここでは親族内承継はもちろん、第三者への譲渡(M&A)や従業員への引き継ぎ、さらには外部の起業志望者を招いての事業引継ぎといった多様なケースに応じた支援が行われています。専門家や士業(税理士・弁護士など)とのネットワークとも連携し、秘密厳守で丁寧にサポートしてくれる体制が整っており、相談件数も年々増加傾向にあります。
さらに、事業承継の形そのものの多様化も見逃せません。かつて主流だった親族内承継の割合は減少し、代わって第三者への承継や社内の有能な従業員へのバトンタッチ、さらには外部から若い起業家を招いて事業を引き継ぐスタイルが広がっています。これは時代の価値観の変化とも深く関係しています。経営者側も「家族に無理はさせたくない」「血縁にこだわらず志ある人に任せたい」と考えるようになり、受け継ぐ側の若い世代も「ゼロから起業するより、実績のある事業を継いで地域に貢献したい」という意欲を持つ人が増えているのです。新旧双方の価値観が交差することで、現代の事業承継はより現実的な選択肢として受け入れられつつあります。
このように、少しずつではありますが、茨城県内では「事業承継に向き合う経営者」が着実に増えてきています。これは一過性の動きではなく、支援制度や金融機関の尽力、そして経営者たち自身の意識変化が確かな成果となって現れ始めている証拠でしょう。
不動産業である私たちにできることは、こうした流れをしっかり後押しすることです。適切なタイミングで専門家につなげたり、事業用物件の有効活用策を提案したり、信頼できる引継ぎ相手を探すお手伝いをすることも可能です。事業承継は決して“まだ先の話”ではなく、今から準備すべき経営課題の一つだという意識を共有し、地域の中小企業が希望あるバトンタッチへ踏み出せるようサポートしていきたいと思います。
地域ぐるみの相談窓口とマッチング支援
「誰に、どうやって事業を引き継ぐか」——中小企業の経営者にとって避けて通れないこのテーマですが、現実には「何から手を付ければ良いのか分からない」「後継ぎがいないのにどうしようもない」と頭を抱える方も多いのではないでしょうか。そんな悩める経営者に寄り添い、道筋を示してくれる存在が、前述の「事業承継・引継ぎ支援センター」です。
この支援センターは国の事業で、茨城県では水戸商工会議所などが窓口となっています。中小企業・小規模事業者であれば原則無料・秘密厳守で利用でき、事業承継に関するあらゆる相談に応じてもらえます。具体的な支援内容は多岐にわたり、例えば以下のようなケースに対応可能です。
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親族に継ぐ人がいない場合の第三者承継(M&A)の相談: 「身内に候補がいないが、できれば会社を残したい」という場合に、外部の譲受希望者を探す支援をしてくれます。自社の業種や規模に合った買い手候補とのマッチングや、M&Aプロセスのアドバイスも受けられます。
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事業承継計画づくりの支援: 「何から準備すれば良いか分からない」という方には、承継までのロードマップ作成をサポートします。株式や財務の整理、従業員や取引先への引継ぎ準備など、計画的に進めるための助言が得られます。
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専門家の紹介: 承継にあたって税務や法務の知識が必要になれば、センター経由で税理士・弁護士・M&Aアドバイザーなど専門家を紹介してもらえます。ワンストップで必要な知恵を借りられるのは大きな安心材料です。
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後継者人材のマッチング: 条件に合う買い手・後継希望者を探すマッチングも支援しています。最近は個人だけでなく地方企業同士のマッチングや、全国規模での事業引継ぎ希望者との橋渡しも行われています。
特に印象的なのは、一社一社の事情に寄り添って対応してくれる点です。教科書通りの画一的なアドバイスではなく、経営者の思い・社員や顧客との関係性・地域とのつながりまで含めて丁寧にヒアリングし、それぞれに合った選択肢を一緒に考えてくれます。これは、地元に根差した公的機関ならではの強みと言えるでしょう。
加えて、近年では地域の金融機関による事業承継支援も本格化しています。地元の信用金庫や地方銀行では、融資担当者が取引先企業の経営者に対し、事業承継の希望や課題をヒアリングする場面が増えました。早い段階から「将来の承継も視野に入れましょう」と声を掛け、必要に応じて専門部署や外部機関と連携しながら伴走支援してくれるケースもあります。お金の面だけでなく経営の将来像まで一緒に考えてくれる金融機関が増えてきたことは、経営者にとって心強い変化です。
また、インターネットを活用した民間のM&Aマッチングプラットフォームも、後継者探しの有力な手段として定着しつつあります。例えば「BATONZ(バトンズ)」のようなサイトでは、匿名で自社の事業情報を登録し、全国の買い手候補とのマッチングを図ることができます。実際にバトンズでは、地方の飲食店や老舗旅館、製造業の工場など、多種多様なマッチング事例が報告されています。「後継者探し=地元に限る」という時代ではもはやなく、「全国から志ある人とつながる」ためのツールが身近になっているのです。
もっとも、こうした支援策を十分に活かすためには、経営者自身が早めに動くことが大切です。「まだ元気だから」「景気が落ち着いたら考えよう」と先延ばしにしていると、いざという時(例えば突然の病気や想定外のトラブル)に選択肢が狭まり、ベストな承継のタイミングを逃しかねません。先述の公的支援や金融機関のサポートも、時間的な余裕があってこそ最大の効果を発揮します。
私自身も、これらの支援制度やサービスについて情報収集をする中で、「相談できる場所がある」という安心感を得ました。経営者にとって、自分の築いてきた会社を未来につなぐ手段が用意されているというのは、大きな心の支えになるものです。地域、行政、金融機関、そして私たち不動産業者も含め、様々なネットワークが結集しつつある今、事業承継はもはや“孤独な悩み”ではなくなりつつあると実感します。
引き継ぐ相手がいないから廃業…という時代は、確実に変わり始めています。選択肢が広がった今だからこそ、自社の未来を前向きに見据え、「誰に、どうやって託すか」を真剣に考える価値があるのではないでしょうか。私たちも地域の一員として、そうした前向きな一歩を踏み出す経営者の背中を押していきたいと思います。
支援制度を活用した事業承継の成功エピソード
事業承継と聞くと「大企業の話でしょう?」とか「うちは特別なケースじゃないし…」と思われがちですが、実際には地域に根差した小さな会社で、着実に承継が成功している事例が増えています。ここでは、茨城県内で実際に「事業承継・引継ぎ支援センター」のサポートを受け、スムーズにバトンをつなぐことに成功した2つのケースをご紹介しましょう。
ケース1:地元に愛される自動車整備工場が地域連携で存続
つくばみらい市で半世紀にわたり営業してきたある自動車整備工場は、地域の車社会を支える頼れる存在でした。創業から約50年、親子二代にわたってお客様との厚い信頼関係を築いてきた同工場ですが、近年後継者不在という壁に突き当たります。経営者の息子さんは既に別業種で独立しており継ぐ予定はなく、従業員も高齢化。次第に「廃業」の二文字が現実味を帯びてきました。「今まで支えてくれた地域のお客様のためにも、できれば会社を残したい」という想いは強くあったものの、どう動けばよいか分からない——悩んだ末に相談したのが、茨城県事業承継・引継ぎ支援センターでした。
センターでは社長の思いや事業内容、立地や従業員の状況、顧客層まで丁寧にヒアリングした上で、最適な譲受先として地元の中古車販売会社を紹介しました。この中古車販売会社もまた「自社でアフターサービス部門を強化したい」というニーズを持っており、お互いの利害がピタリと一致したのです。
交渉にあたっては、従業員の雇用継続や看板・屋号(社名)の存続といった細かな条件についてもじっくり話し合われました。最終的に社名も従業員もそのままの形で事業を継続することで合意。譲渡後もしばらく旧社長が現場に残ってお客様紹介や技術指導を行うなど、円滑な引き継ぎが図られました。
「会社を売る」というより、「次の時代へ事業をバトンタッチする」という形で着地できたこのケースは、元の経営者にとって大きな安心材料となりました。また地元の利用者にとっても、今まで通り信頼できる工場サービスを受けられるという安心感につながりました。まさに、地域と事業が一体となって実現した理想的な承継の形と言えるでしょう。不動産業者の視点から見ても、工場という事業用不動産が新たな経営のもとで活かされ続けるのは、地域資産の有効活用という点で非常に価値があります。
ケース2:美容院の2号店を第三者に譲渡、経営資源の集中で再出発
もう一つは県内で美容院を営むオーナー経営者のケースです。同氏は20年以上にわたり本店と2号店の2店舗を運営してきましたが、近年の人手不足や自身の年齢的な負担もあり、経営体制の見直しを迫られていました。特に2号店は売上も顧客も安定していたものの、人材確保が難しく、経営の重荷になりつつあったのです。そこで「このまま2店舗を維持するよりも、どちらかに集中した方がサービス品質も守れるのでは」と判断し、2号店を譲渡して本店に専念する“選択と集中”の戦略に舵を切ることにしました。
とはいえ、ただ閉店するのではなく「長年通ってくれたお客様や整えた店舗設備を、できれば誰かに活かしてもらえないか…」との思いから支援センターに相談。センターは複数の譲受希望者とのマッチングを進め、その結果、独立志望の若手美容師との縁が生まれました。
譲受側にとっては初期投資を抑えて即営業できる店舗を持てるメリットがあり、譲渡側にとっては店の歴史や顧客を未来につなげられるという安心感が得られます。事業を「手放す」のではなく、未来に「つなぐ」形で譲渡が成立したこのケースは、事業規模縮小の決断をネガティブではなく戦略的な再構築の機会に変えた好例です。
オーナーは現在、本店への経営資源と時間の集中が可能となり、スタッフ育成や新メニュー開発に力を注ぐ余裕が生まれたそうです。「事業を譲る」ことは決して「諦める」ことではなく、“より良く続けていくための選択肢”になり得るのだと教えてくれる事例だと感じます。
これら2つの事例は、規模や業種、承継の形式こそ異なりますが、共通しているのは「早めの相談」と「支援制度の活用」がスムーズな承継の鍵となった点です。そして引き継いだ側にとっても、「信頼されて事業を託された」という自信につながり、結果として地域経済にプラスの循環を生み出しています。
「後継者がいない=廃業」という固定観念が、こうしたリアルな成功談によって少しずつ塗り替えられつつあります。地域の中で新旧の担い手がしっかり握手を交わし、未来に希望をつなぐ承継の形が、これからも増えていくことを願わずにはいられません。
売り手と買い手、それぞれが重視するポイント
事業承継やM&Aは、単なる資産の売買ではなく、「人」と「想い」と「未来」を引き継ぐ大きな決断です。売る側・買う側の立場によって重視するポイントは異なりますが、双方の考えがうまく噛み合うことが良い承継につながります。不動産取引においても売主と買主の希望条件のマッチングが重要になるように、事業承継でも歩み寄りと対話が成功の鍵を握ります。
売り手(現経営者)が重視するのは「信頼できる相手」
まず、事業を譲る売り手側の経営者が最も重視しがちなのは、意外に思われるかもしれませんが「譲渡額」そのものよりも「引き継ぐ相手の人柄や経営の力量」です。実際のアンケートでも、約6割の経営者がこの点を最重視すると回答したデータがあります。これは、自社を単なる「資産」ではなく「人生をかけて育ててきた大切な存在」と捉えているからに他なりません。従業員や取引先、お客様との信頼関係を守り、これまでの経営理念や社風を理解して尊重してくれるかどうか——ここに一番の関心が向かうのです。
もちろん、「できるだけ高い価格で譲渡したい」という思いが全くないわけではありません。経営者としての責任や、引退後の生活設計、あるいは残る社員への配慮などを考えれば、対価面での納得感も重要な要素です。しかしそれ以上に「安心して託せるかどうか」という判断基準が優先される傾向が強いのは、事業が我が子のような存在だからこそでしょう。
また、売り手が気にするポイントとしては、以下のようなものが挙げられます。
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社名やお店の継続: 長年親しまれてきた名前やブランドを残してほしいかどうか。
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従業員の雇用継続: 一緒に働いてきた社員の雇用や待遇が守られるか。
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取引先・顧客との関係維持: 引き継ぎ後もこれまでの取引先や常連客との関係を大切にしてくれるか。
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地域への配慮: 地域貢献や地元の信用を損なわない経営をしてくれるか。
要するに、「会社の文化や絆をちゃんと引き継いでくれる相手か」という視点です。これは特に地域密着型の中小企業において色濃く表れる想いであり、承継の成否を左右すると言っても過言ではありません。私たち不動産業者も、単に数字上の条件を詰めるのではなく、売り手経営者のこうした想いをしっかりヒアリングして把握しておくことが大切だと感じます。
買い手(個人)が重視するのは「価格」と「将来性」
一方で、個人が独立や移住を目的に事業承継を検討する買い手側の場合、最も気になるのはやはり**「買収価格」**です。自己資金や融資の範囲内で無理なく実現できる金額かどうかは、承継に踏み切る上で大きなハードルとなります。初めて経営に挑戦する人にとって、背負うリスクはできるだけ抑えたいのが本音でしょう。「手の届く価格帯かどうか」は非常に現実的な判断材料となります。
同時に、「事業の将来性」も大きな関心事です。現在の売上や利益規模が小さくても、立地や顧客層、事業モデルに伸びしろがあると判断できれば、前向きに検討する人は多いようです。逆に、過去は繁盛していたとしても将来的な需要減や強力な競合出現が予想される事業だと、敬遠されやすい傾向にあります。要するに「買った後にどれだけ発展させられるか」というポテンシャルを見るのです。
また、個人の買い手がチェックするポイントとしては次のようなものがあります。
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現オーナーの引継ぎ支援: 譲渡後、一定期間は現オーナーが残って経営ノウハウを教えてくれるかどうか。何も分からない状態で放り出されるのは不安なので、サポート期間の有無は重要です。
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顧客や取引先の引継ぎ: 既存のお客様や取引先とスムーズに関係を築けるよう、紹介やあいさつ回りを手伝ってもらえるか。
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従業員の協力体制: 引き継ぎ後もスタッフが残って協力してくれるか、人間関係は良好か。
これらの条件が整っていれば、「未知の事業への不安」は大いに和らぎ、承継への一歩を踏み出しやすくなります。私たち不動産業者も、例えば店舗や工場物件の売買に際しては、近隣客層の情報や従業員の継続雇用状況などを丁寧に説明するようにしていますが、事業承継の場面でも同様に、買い手が抱くであろう不安を一つ一つ解消してあげることが大切だと感じます。
買い手(企業)が求めるのは「シナジー(相乗効果)」
法人による企業買収、つまり企業同士のM&Aでは、判断基準はより戦略的かつ明確です。多くの買い手企業が最も重視しているのが、自社の事業との「シナジー(相乗効果)」です。
これは「買収によって自社にどんなメリットがあるか」「既存事業とどう組み合わせられるか」を重視する視点で、例えば次のようなケースが考えられます。
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市場拡大: 類似業種の会社を買収し、自社の営業エリアや顧客層を広げる。
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技術獲得: 特定の技術やノウハウを持つ会社を取り込むことで、自社製品・サービスの競争力を強化する。
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新規事業参入: 新しい分野の会社を傘下に収め、ゼロからでは時間のかかる事業を一気に立ち上げる。
こうした法人間のM&Aでは、単なる売上・利益の拡大以上に、「自社にとって意味のある投資かどうか」が厳しく見極められます。そのため、現在の財務状況だけでなく、保有する設備や人材、顧客基盤、地域での信用力といった無形資産も含めて評価の対象となります。
もちろん、価格も重要な交渉要素ではありますが、企業間の交渉では比較的ドライにデータ重視で判断される傾向が強いため、「提示価格に見合うシナジーが得られるか」が成立可否を左右すると言ってもよいでしょう。
対話と信頼が良いマッチングを生む
以上のように、売り手と買い手それぞれで重視するポイントは異なります。しかし、条件面だけを突き詰めて要求がかみ合わないと、交渉が難航したり、最悪の場合は話自体が流れてしまうこともあります。
重要なのは、早めの情報開示と率直なコミュニケーションです。譲る側は「譲渡を決めた理由」「会社やお店に対する想い」「引き継ぎ後に望むこと」などを正直に伝えることが大切です。それが買い手との信頼関係構築につながります。一方の買い手も、不安や疑問は遠慮せずに質問し、自分なりのビジョンを語ることで、売り手の安心感を引き出すことができます。
また、公的な支援センターやM&A仲介会社、金融機関の専門担当者など第三者を交えて客観的な視点を加えることも、スムーズなマッチングに欠かせません。プロの助言により価格や条件の妥当性が整理されれば、お互い納得感を持って話を進めやすくなります。
私自身、不動産仲介の経験から感じるのは、大事なのは「人と人との相性」だということです。最後は「この人になら任せられる」「この人からなら引き継ぎたい」と思えるかどうか。事業承継の本質は、「事業の継続」と「人の想いの継続」です。売り手と買い手、それぞれの価値観を理解し合い、共通の未来に向かって協力できるかどうか——そこに焦点を当てることで、真に成功する承継が実現すると信じています。
不動産業者として考える「地域資産」の未来
経営に携わる者の一人として、私が今強く感じているのは、事業承継は経営者個人の問題ではなく、社員やその家族、取引先、お客様、そして地域社会全体に関わるテーマだということです。企業が存続するということは、単に会社の看板が残るだけではありません。雇用が守られ、地元の暮らしを支える商品やサービス、培われた信頼関係が未来へ受け継がれることを意味しています。
例えば小さな製造業者でも、地域の産業を下支えする部品供給者として欠かせない存在かもしれません。商店街の八百屋さんや理髪店も、顔なじみの接客や地域イベントへの協力を通じて、そこに暮らす人々の生活の一部となっています。こうした中小企業が1社また1店と姿を消していくことは、地域の文化や経済の循環そのものが縮小していくことに他なりません。
幸いなことに、今の茨城県には、そうした悩みを一人で抱え込まなくて済む環境が整いつつあります。公的支援センターや金融機関のサポート、先輩経営者の助言ネットワーク、さらには不動産業者やM&A仲介会社も含め、多方面からの後押しがあります。実際にすでに多くの経営者が次の一歩を踏み出し始めており、その多くが「もっと早く相談していればよかった」と口を揃えて言います。タイミングを逃せば逃すほど選択肢は狭まり、良いご縁に出会う機会も減ってしまう——これは事業承継も不動産取引も同じです。
私自身、以前は「自分の会社のことは自分の代で何とかする」「事業承継なんてまだ先の話」と考えていました。しかし従業員の将来や長年お付き合いいただいたお客様のことを思うと、「会社をどう残すか」「誰につなぐか」は経営そのものの一部なのだと実感するようになりました。事業承継は決して「終わり」ではなく、これまで培ってきた経験や信頼、人と人とのつながりを次の誰かへ引き継ぐ“新たなスタート”です。
それが実の子であっても、社内の従業員であっても、あるいは地域外から移住してきた若い起業家であっても構いません。大切なのは、「誰かに託す覚悟」を持てるかどうかです。そしてその決断は、「経営を諦めた」ことでは決してなく、むしろ経営者としての成熟と責任感の表れではないでしょうか。
今、茨城には都会からUターン・Iターンしてくる若者や、地方で事業を継ぎたいという意欲あふれる人材も増えています。一方で、地元企業の中にも外部とのマッチングを求める動きが広がっています。例えば県や支援機関の企画で、後継者募集中の事業所を巡るバスツアーが開催されるなど、地元企業と新たな担い手が直接出会える機会も創出されています。こうした取り組みを通じて、双方がウィンウィンとなる関係が生まれ、地域経済の活性化にもつながっていくでしょう。
不動産業を営む私たちユーハイムも、地元に根ざした企業として、この流れに貢献したいと考えています。物件の売買仲介に留まらず、地域資産の活用提案や新しい担い手との橋渡しなど、できることは数多くあります。老舗旅館がカフェに生まれ変わったり、空き店舗に若者が新ビジネスを開いたりする光景を、これまでも目にしてきました。そうした地域に新しい命を吹き込む瞬間に立ち会えるのは、不動産業者冥利に尽きるものです。
事業承継は一つの会社にとっての節目であると同時に、地域にとっての希望のバトンでもあります。「後継者がいないから終わり」ではなく、「後継者が現れたからこそ続く」という事例を、これからも増やしていきたいものです。地域のために、社員やお客様のために——そして何よりその会社が積み上げてきた物語のために。私たち不動産業者も、心を込めて次の担い手へバトンを渡すお手伝いをしていく所存です。
地域資産である中小企業が未来へつながることで、茨城の街々がこれからも元気で魅力あふれる場所であり続けることを願っています。そしてその実現のために、「廃業ではなく承継」という選択肢を、一緒に広げていきましょう。
📩 ご相談・お問い合わせ:info@yu-haim.jp
湯 田 圭 一(ゆだ・けいいち)
(有)ユーハイム 代表取締役。1972年、東京都西東京市生まれ。
宅地建物取引士として約25年にわたり不動産業に従事。
茨城県宅地建物取引業協会 水戸支部 幹事として、地域不動産業界の発展にも注力。
空き家対策、相続不動産、事業用地のマッチングなど、実務に即した現場提案に定評がある。